松本郁子 『恋の蛍』

副題は「山崎富栄と太宰治」。太宰治とともに玉川上水に身を投げた山崎富栄の生涯を描いた一冊。
富栄は、太宰をあの世に引っぱった、絞殺した、独占したと当時の文壇や出版界からは悪女とみなされていた女性。本当のところは分からないし、入水の理由は謎のままでいいと思うのですが、この本では才媛、晩年は太宰の執筆を献身的に支える女性として富栄の姿が描かれています。
太宰と富栄の出会いは、昭和22年3月、太宰38歳、富栄25歳の頃。それまでの富栄はお茶の水美容学校の創設者であり校長でもあった父 晴弘のもとで大切に育てられ、外国語を含む近代的な教養と、美容師としての一級の腕前、そして美貌を兼ねそなえたスーパーウーマン。ただ、開戦直前に結婚した夫 修一は結婚してすぐにマニラに赴任。そのまま徴兵され帰らぬ人となっています。つまり、太宰と出会ったころの富栄は戦争未亡人という立場。
一方の太宰は「斜陽」の執筆に入る頃。作家として熟成される一方、不安定さが増す時期でもあります。
以下の引用は二人の出会いを書いた富栄の日記から。
(太宰との会話によって)何か、私の一番弱いところ、真綿でそっと包んででもおいたものを、鋭利なナイフで切り開かれたような気持がして涙ぐんでしまった。
戦闘、開始!覚悟をしなければならない。私は先生を敬愛する。
特に「真綿で・・」の部分が印象的。結末を知っているからそう見えるだけなのかもしれませんが、すでに、破滅の予感さえうかがえます。こういう二人の出会いを一つの恋愛の形として、特に、悲劇の形として読むこともでき、そういう悲劇に甘美なものを重ね合わせる読者もおおいのだろうなーと思います。
一方、この本がたどっているように一人の男と一人の女が時代に翻弄された末の事象とみることもできます。その点は、富栄の父である晴久も同じ。戦前にお茶の水美容学校を設立、関東大震災での学校焼失から再建を果たし、戦争に突き進む国家に積極的に貢献するも、戦後は逆に公職を追放され、さらに、富栄の情死で世間から白眼視される。
太宰と富栄の入水はドラマティックな恋愛の末などではなく、晴久の栄光と挫折を繰り返す生涯も決してヒロイティックなものでもなく、時代とりわけ戦争に翻弄され流された結果としての事象だったのではないかと思います。
同じように、自分たちも、自分たちの意思だけで生きられているわけではないのでしょう。今という時代に翻弄され流されている。すべてを背負い込まず、そう、すこしだけ「時代」という抗えないものに責任転嫁してもいいのかもしれません。すこし肩の力を抜くために、という意味でですが。
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